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海洋君の夢 「耳」は口ほどに物を言う

  最終更新日:2016-01-06

「世界で一番広大なのは海。そして海よりもっと広大なのが空。そして空よりもっと広大なのが、我が息子の胸の中だったらいいですね」。海洋君のお母様はこう言いました。中国・浙江省から来た海洋君は先天性小耳症患者でした。海洋君は医師陳潤茺と外来診察で初めて会った時に、手術をしてくれる陳医師に大きな目を見開いて、大きな声で、こう尋ねました。「どうして僕の耳はこんななの?医学的なデータで何か説明できることはあるの?」そこに居合わせた人はみんな唖然としてしまいました。この子どもは満6歳になったばかりで、身長は100センチにもなりません。それなのに自分の年齢を超えるような難問を投げかけてくるのです。陳医師は笑って答えました。「坊やの質問には先生もお手上げだ。先生は耳が専門だけど、本当に原因が分からないんだ。でも小さい耳は神様がくれたちっちゃなプレゼントだ。坊やにしかない。だから気に入ってるかな?」すると海洋君はにこにこして、「とっても好きだよ」と言うと、お母様の胸の中に顔をうずめました。

 

小耳症の主な成因は妊娠の胎生期に、外耳が形成される段階で、外胚葉の胚性細胞に病変が生じるものです。そしてアジア地域では小耳症の発生率は5,000~6,000分の1であり、毎年中国本土から台湾の長庚病院に治療に来られる小耳症患者は約30名です。そのほかにも、シンガポール、タイ、そして遠くグアテマラから小耳症の赤ちゃんを持つ両親が本人に付き添って相談と手術治療を受けに来られます。

 

海洋君のお父様はこんな話をして下さいました。ご両親は海洋君が生まれた時から小耳症治療についての情報に特別に関心を払い、かつては医師陳潤茺に北京の小耳症座談会で相談したことがありました。陳医師が辛抱強く、また専門的な態度で、小耳症の治療と予後についていろいろ答えました。ご両親はその場で台湾での治療を決め、海洋君の手術の日取りを予約しました。そして海洋君を将来手術を受ける国に適応させるために、手術の前年に一家で台湾に旅行に来ました。その一方で海洋君にこれから直面するであろう手術治療、麻酔及び関連する検査内容を教えてあげました。そのため新しい治療コースを受けるごとに、海洋君はその新たな治療についてすっかり熟知したのです。

 

陳医師は「海洋君への手術方法は人工素材での外耳の再建でした。小耳症の耳たぶ再建は精密さが必要な複雑で困難な手術であり、手術には約13時間かかりました」と話しました。海洋君のご両親にとっては、手術室の外で待っている一分一秒が全て苦痛でした。術後、海洋君の弱々しく、しかし力強い姿を目にし、ずっと泣くのをこらえてきたお母様はついにこらえ切れなくなり涙がどっとあふれ出てしまいました。ご両親は抱き合って、びくびく気が気でなかったこの一日を終えたのです。

 

長庚医療チームが暖かく親身に面倒を見るなかで、海洋君は台湾での1カ月の治療コースを終えました。海洋君のご両親は、「この6年というもの、私達の願いは海洋にきれいな両耳を与えることでした。その願いがついに台湾でかなったのです。ここまで長い間待っていた甲斐が本当にあったのです」と言いました。「海洋と言う名前は、うちの子がみんなと違い、もっと広々とした心で他人の目線を浴び、批判を受け入れて欲しかったからつけたのです。大海原と同じ広々とした心で。そして今、陳先生から海洋がもらった新しい耳を見ました。うちの子は普通の子ども達と大して違いがなくなりました。私自身は心配し過ぎたなと心から思いました」。海洋君のお父様は感動してこう話して下さいました。

 

「今、海洋君はやはり6歳の小さな子どもと変わりません。元気に動き回り、あれこれあんなことを尋ねるのが好きな子です。唯一違うのは、この子が陳先生からもらった新しい耳と私達からのいっぱいの祝福を身につけて古里に帰り、自分の楽しい人生を続けることなのです」。

 

海洋君のお母様も、治療コースでのこんな思いを話して下さいました。

 

「私は小耳症にかかった子供のお母様です。今回台湾に着いて治療を受けましたが、実はこれは子供が希望したのではなく、お父さんお母さんのかなり『わがまま』な夢だったのです」。

 

「小耳症のご両親なら誰でも私達と同じだと思います。子どもが生まれたその瞬間から、不安で張り裂ける気持ちだけではありません。もっと大きい思いは希望なのです。いつの日か子供にきれいな両耳が手に入れられたらと思うのです。2015年4月23日、私が待ち焦がれたその日が、ついに来たのです。それは陳先生にとって最も辛い一日であり、私にとっても一番いてもたってもいられず、最も心配な一日でした。一分一分がこんなにも長く感じたのですから。6年というものずっと泣くのをこらえてきた自分でしたが、その日にはもう我慢できなくなりました。手術室で待ち続けた辛い時間、私は私自身が自分の夢のために子どもを手術室に送り込んだことを後悔さえしました。そしてついに、観察室に入れる時が来ました。うちの子がうさちゃん帽子にくるまって病床に横たわっている、かくも弱々しく、しかしかくも力強い姿を見た瞬間、全てが無駄ではなかったと思いました」。

 

「今では手術を終えてすでに3週間がたちました。私達もすぐにも帰らなければなりません。子供の新しい耳を見ていると、心の中は感謝の気持ちでいっぱいになります。手術前のさまざまな証明書類の処理では、国際医療グループ(雅婷さん、藍妮さん、鈺雯さん)が私に、労をいとわず手助けをして下さいました。台湾に着いてからは、毎回雅婷ちゃん(藍妮)さんが私達がするさまざまな手続の手助けを、自ら買って出て下さいました。手術前の医師訪問から、術後の小華さんによるここまで細やかな看護に至るまで、心の中には感動と感謝の思いでいっぱいです」。

 

「私達は本当に、陳先生と小華さんに特に感謝いたします。陳先生にとっては、数多くの手術のうちでありふれた1回の手術でしかなかったのかもしれません。しかし私達にとっては、人生で最も重要な出来事だったのです。あの日の夜、陳先生が9時過ぎに手術室から出てこられた時には、私達にはいっぱいの感謝の気持ちしかありませんでした」。

 

「私達には試練だった13時間の間に、陳先生はどれだけ辛いことかと慰めて下さいました。そして小華さんにとっては、うちの子は単に細やかに看護する数多くの子どものうちの一人でしかなかったかもしれません。しかし私達にとっては、小華さんの動作一つ一つがかくも心暖まるもので、一言一言が尊い忠告となったのでした。特に、子供が耳を取り付けられてからは、皮膚の中には回復が思わしくないところがありましたが、そんな時に陳先生と小華さんには最適な提案をしていただけただけではありません。もっと大切だったのは、自信をなくさないように、全ては良くなるからと、ずっと励まして下さったことです。

 

お別れするに当たって、私達は少し改まってもいいでしょうか。陳先生、小華さん、雅婷さん、藍妮さん、病室で暖かく接してくれたお一人お一人の看護士の方、そしてずっと私達を助け私達に提案をくださったたくさんの方々に感謝いたします。私達には必ず再会の日が来ます。その時には、私は必ずまた皆様にご迷惑をかけると思いますが。

 

本当に、ありがとうございました。

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