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唾液腺にも腫瘍ができるの? ダ・ヴィンチ手術でインドネシア人青年が「声」を取り戻し、笑顔に

林口長庚紀念医院   最終更新日:2016-04-13

インドネシアのマーカオさんは20歳を過ぎたばかりの若者でした。ちょうど同い年の友達が放課後にどこをぶらつこうかなんて話に夢中になっていた時にも、彼は魚捕りの網を力いっぱい引っ張っていました。マーカオさんは天の神様のもとからお金を稼いで一家を養っていたのです。彼は日本に行ってもっと大きな魚を捕まえて、もっとお金を儲けようという計画さえ立てていたのです。しかしそんな時、神様は彼に冗談を味わわせたのです。日本で働くに当たっての健診で、異常な数値が表れたと報告があったのです。2015年1月、マーカオさんは現地の医師により、喉頭がんにかかったと診断されました。

 

「あの子は毎月稼いできたお金はほとんど家に仕送りしていました。手元には台湾ドルで1,000元に相当する生活費しか残っていませんでした。日ごろから大した娯楽も楽しまず、本当に聞き分けの良い孝行息子でした。私はあの子のお父さんから話を聞きました。マーカオが現地の医師に喉頭がんだと診断され、手術をして口がきけなくなるか、死を選ぶしかないと言われました。私はなんとも耐え難い悔しさを感じました。私はあの子のことを諦めたくなかったのです。だからマーカオを連れて台湾の林口長庚病院に来ました。台湾の医療が持つ実力ならあの子が救えると確信していたからです。」マーカオさんの従兄弟のお兄様はすすり泣きながら、私達にこう話し続けました。「インドネシアでマーカオが先生の診察室を出た時、外にいたのが口がきけなくなった人たちがほとんどだったのです。それを知り怖くなりました。まるで将来の自分を目にしたようだったからです。マーカオは逃げ出せたので、病院を逃げ出しました。それから3日間ずっと家に戻りませんでしたが」。

 

私達が初めてマーカオさんに合った時には、すでに診断が下されて2カ月がたっていました。現地で病状の診断が下され、マーカオさんらしい楽観的で活発な性格は消えうせていました。彼は頭をうなだれて押し黙って従兄弟様のそばに座り、何も話しませんでした。この患者様の治療を担当することになったのは、林口長庚耳鼻咽喉科主任方端仁で、喉咽頭腫瘍の手術では専門家でした。現在までですでに1,000例を超える喉頭部手術を行ってきました。方医師は腫瘍の位置と大きさを確実に判断するため、咽頭部を内視鏡で切開生検を行うほかにも、更にコンピュータ断層撮影を行い、詳細な検査と診断を行いました。こうして、マーカオさんがかかったのは唾液腺腫瘍であって、喉頭がんではないことが分かりました。切開生検の結果が良性を示しているものの、腫瘍はわずか2~3カ月の間に落花生の大きさから5cmに成長していました。成長速度が速いため油断は禁物で、良性に低悪性が混合した腫瘍の可能性も否定できなく、腫瘍を手術で切除してから更に切開生検が行えるという判断でした。ただ確実に言えるのは、手術後に口がきけなくなることは決してなく、術後1カ月程度で、傷口が7~8割回復するということでした。方医師とご家族は、腫瘍の性質と術後の医療ケアを考慮に入れ、マーカオさんには従来の内視鏡手術の替わりに、ダ・ヴィンチのロボットアーム手術を行うことで意見が一致しました。

 

方医師は経口でダ・ヴィンチのロボットアームを使って腫瘍の部位を、周辺の扁桃腺を傷つけないように注意深く切除しました。マーカオさんは手術の翌日には経鼻胃管に頼ることなく、食事が簡単に取れるようになりました。そして術後には、飲み込みが困難、食事でむせやすくなる、又は食物が鼻に入り込むなどの合併症がありませんでした。更に、手術後4日目には退院できるようになったのです。回復状況はかなり良好だったと言えます。無事に終わったダ・ヴィンチ手術のほかにも、患者様の年齢が若かったことが予後が良好になる一つの要素となりました。私達が病室に見舞いに行くと、マーカオさんが日の光のような明るい笑顔を向けて下さいました。その時、私達は初めて彼がこんなにうれしそうに笑っている姿を目にしました。「なんだ、君の歯って、こんなに白かったんだね!」私達が思わず彼を冷やかすと、従兄弟様は「これこそ楽観的だったマーカオの表情なんです」と教えて下さいました!

 

 

 

マーカオさんは口がきけなくなる自分の将来になど、もうどんな希望も抱いていなかったのです。まさか今自分自身の口から先生に「ありがとう」と言えるようになるとは思いもよりませんでした。興奮する気持ちは本当に言葉では言い表せなかったのです! マーカオさんは術後に良性多形腺腫であるとの切開生検の診断が下されてから、古里に帰ってからの一家団欒が待ち遠しくなりました。同じ病気でも、医療環境が違うことで、今までにない結果となったのです。従兄弟様は長庚病院に対して、マーカオさんの人生に素晴らしい一ページが刻まれたことに感謝し、そして現地には助けを必要とする人がもっとたくさんいるので、帰国後には長庚病院を推薦したいとの話でした。それは、象牙の塔で起こった悲劇が繰り返されないよう望んでいるからなのです。

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